思い出とか

2009/07/27

目標。

ガシャンって物音がしたので振り向くと高校生ぐらいの男の子が自転車でこけてた。

そしたら、その男の子、

20090727a

って外国人ばりのリアクションの後、普通にまた自転車乗って去っていった。
オレに見られちゃったからとっさに出たリアクションなのか???

こういう風に一人でいる時に恥ずかしいハプニングに遭ってしまった時っつうのはホント困る。

恥ずかしさと
何事も無かった事にはできないもどかしさと
後戻りもできない悔しさと
早くこの状況から立ち去りたいという切なる思いとか、、、
いろんな気持ちが入り混じった状態ではなかなかいいリアクションが取れない。

昔、自転車で横断歩道を渡ろうとしてたら、半分ぐらい過ぎたところでチェーンが外れた。
もちろん、すぐ横には信号待ちをしてる車が。うー、恥ずかしい。。。

そこでオレはとっさに思いついた。思いついちゃった。
今出てるスピードを利用して何事もなかったかのようにもう少し先まで行ってそこで対処すればいいな、と。。。
で、そのまま自転車をこいでみた。今風に言えばエア自転車。
もちろんチェーンが外れてるからペダルはすごく軽いんだけど、普通に漕ぐスピードぐらいでいかにも負荷がかかってますぐらいな感じでペダルを回しながら前進。
結局、渡り終えたすぐぐらいで自転車は止まってしまって、そこでチェーンをはめた。
きっと一部始終を見られたと思う。
今の演技はちょっと無理があったな、きっとドライバーにはバレたな、余計かっこ悪い感じになってしまったな、と後悔。
こんな状況でもうまく切り返すだけの自分にユーモアのセンスがあればよかったのに。。。

友達とかと一緒であれば笑って済む話も、他人とではそうもいかない。
他人でも笑ってくれれば、頭ポリポリして(しねーな。。。)やっちゃったって顔して笑っちゃえばいいけど、ちゃんと見たはずなのに無表情だったりする。
そしたら申し訳なさそうに静かに立ち去るしかないじゃん?

こういう危機的状況でとっさにうまくリアクションが取れない事をたまに悩む。
自分は普段相当暗い人間なので、とっさの出来事には暗い感じで処理する事が多い。
ので、、、その場に居合わせたみんなが幸せになれるようなリアクションが取れる人間になりたい!

とか思いながら生きてます。

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2009/06/09

69の日に69じゃない話。

6月9日。ロックの日らしい。

ロックに憧れてた高校時代。
自分が行ってた高校は大学へ進学するやつが多かったけれど、オレは大学受験は全く考えていなかった。

大学生なんて合コンだなんだってチャラチャラしてるだけじゃねーか、と。
そんなつまんねー事で時間は無駄にできねーっ!と。。。

んでもって楽器も全然上手くないしカリスマ性もありゃしないのに頭の片隅にもしかすると将来ロック歌手とかになってデビューするかもしれない、もしそうなった時ロック歌手が大卒とかあまりよろしくないなと思って大学はちょっとなー、と。
まぁ、実際はそれだけじゃないけど、ロックな理由も結構ありきの大学受験回避。

今となれば、大学行ってもよかったな、と。
サークルとか超楽しそーじゃん?

そしてその頃は、、、ロックなやつは短命だ!
人生突っ走る事ができたら、30歳で死んでもいいと思ってた。

死んでもいいと思ってた30歳を過ぎ、まだまだ長生きしてーなと思う。
今まで結構走ってきたきたつもりだけど、まだまだやりたい事いっぱい。
健康を気にして、そろそろ人間ドックにも行ったほうがいいかなーとか思っちゃってる。

いろいろ勘違いしてたロックじゃない人の10代の頃の思い出。

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2009/04/15

継承。

シカゴに行ったときの事。

毎日ジャズバーやブルースバーに行っては酒飲みながら生演奏聴いてた。

シカゴ在住の友人にお気に入りところあるっつって連れていってもらったジャズバー。
渋いおじさん達のバンドが演奏してた。
しばらくすると、10代後半ぐらいの子達といくつかのパートが交代になった。
その後も何度か若者とおじさん達の交代が成された。
若者の演奏はおじさん達ベテランの演奏に比べたら劣っているのは明らかなんだけど、お客さんは緊張しながらも一生懸命演奏するその若者を温かく見守ってた。
演奏が終わるとその若者達もお客さんも笑顔だった。

実際にお客さんの前に立たせ、ジャズというものを大人が子供達に少しずつ教えていってるんだな、と。
若者に前座をやらせる訳ではなく、一緒に演奏させる。
若者にしたらこれ以上ない勉強だもんね。

こうやってシカゴジャズというものは受け継がれてきたのかなー。
廃れる事はないね、シカゴジャズ。

なんだか素敵な光景だった。

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2009/03/03

卒業。

卒業式のシーズンだねぇ。。
別れの時でもあり、成長を噛みしめる時でもある。
んでもって、卒業を迎えるにあたっていろんな恋心が揺れ動いてたりもしてるんだろうねー。

ふと思った。。
オレ、イベント事に弱い。気がする。。。

卒業式。
学校を後にするモテモテ君たちの学ランには第2ボタンはもちろん、上から下まで全部のボタンがない。
袖のボタンまでないやつもいた。

オレは上から下まで、、、しっかりと残ってる。
こんなはずじゃない、きっと誰かはもらいに来るはず!と無意味に学校ウロウロして無駄な抵抗を試みるも、、、誰も来ず。。。

モテモテ君たちがすげー大きく見えた。

そんなこんなは中学でも高校でも。

なので、人生一度もボタンあげた事ない。自信無くすわー。。。

体育祭。
オレが通ってた高校は男女共学で体育祭の後には女子が好きな男子にハチマキをもらいに行くと習慣があったのだが、、、
オレのところには誰ももらいに来やしない。
応援団とかやってたのにー。
応援団やると間違いなくモテるという事だったのに。
まぁその為にやった訳でもないけど、そんな事も少しは加味しつつの入団だったのに。。
応援団同士で恋が芽生えたりもしてる奴もいたなー。
おいおい、君達そんな事になってたのか?いつの間に?聞いてないよ!みたく。。。

オレの周りは中学も高校もモテるやつ多かったなー。

義理でもいいからもらいに来てくれるような優しい女神もいなかった。
世の中捨てたもんじゃねーとか言うけど、そうでもねぇーぞ!と思った10代の頃の苦い思ひ出。

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2008/11/06

ヒーロー。

幼い頃、自分は選ばれし人間で将来はヒーローになるんだと思ってた。

車に乗っている時の事。
景色がめまぐるしく変わっていく中でずっと同じ位置にある物があった。
車から降りて歩きながら確認すると、そいつはさっきと同じように自分についてくる。

「お兄ちゃん、太陽が僕についてくる・・・」

太陽が自分から見てずっと同じ位置にある事が、オレにはついてきてるように思えたみたい。

兄貴はめんどくせーと思ったのか、訳わかんない事言ってるなと思ったからなのか、
適当に「すごいね」みたく話を合わせてくれたもんだからオレはやっぱり太陽が自分に合わせて動いてくれてるんだと信じてた。

テレビの世界と現実の世界がよく分かってなくカメハメ波も本当に出せると一生懸命練習した派のオレとしては、「自分は選ばれし特別な人間」だから太陽もついてくるんだ、と。

しばらくそう思い続け、自分が凡人だと気付くのに結構時間を要した。

~その頃の自分へ~
ゴメン。
未来の君はヒーローにはなれなかったよ。
普通のおっさんとして生きています。
でもね、怪獣とかもいないし、ヒーローいなくても安心して暮らせてます。

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2008/10/15

選択ミス。

こう見えて(どう見えて?)オレ、柔道有段者。黒帯持ってる。

小学生の時はサッカーやってて、将来有望な逸材だったのにかかわらず、監督はか弱い小学生に向かって本気で怒鳴るし、練習もきつかったし、なんだかサッカーが嫌になった時期と中学進学が重なり、サッカー辞めて華麗なる転身を遂げようと、柔道部へ入部。

理由は、部活見学の際、先輩が楽そうに練習してたから。
きつい練習はもう御免だ、と。

と、安易な動機での入部だったのに、オレらが入部した年からバリバリ柔道やってた顧問に代わって、部の雰囲気は一転。
練習超ハード。

外ではサッカー部の奴らがキャーキャーと黄色い声を浴びてるっつうーのにオレらは暗い道場で顧問の罵声を浴びてた。

ちくしょー、こんなはずじゃなかったのに、、、と思うも時遅し。
しっかり3年間、しごかれた。

そんなきつい練習の甲斐もあり、黒帯取得。

今の体つきからは想像つかない程、当時の身体は小ぶりサイズで可愛さを売りにしてたあの頃、、、
個人戦では一番軽い階級、軽量級での出場だった。

団体戦というのもあって1チーム5人出るんだけど、うちの中学は強かったから黒帯が6人もいて、1人は出られない。
団体戦は体重関係ないから、大きい奴ほど有利。

必然的に、小ぶりなオレは補欠。
県内で唯一の黒帯で補欠だったという事が今でも誇り。

中学卒業以来、柔道着には袖を通してない。

あのままサッカーやっとけばよかったな、と思う事もある。きっとモテただろうに。。

日本サッカーの歴史にも名を残しておけばよかったな、と。

残念無念。

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2008/08/03

ろくでなし。

中学生の頃、ろくでなしBLUESという漫画が流行ってた。

前田太尊というプロボクサーを夢見る主人公の波乱万丈な高校生活を描いた漫画。

その主人公、もちろんめっちゃ強い。
普段は標準語なんだけど、関西出身なのでキレると関西弁になる。
愛車の原付の名前はチャベス号。チャベスは有名なボクサーらしい。

我が友人H、

その昔、、「オレ、キレると関西弁になる」と言ってた。
「なんじゃい、ワレ、なめとんのか!」みたいな。。
Hは生まれも育ちも岐阜。
かろうじておばあちゃんが関西にいたぐらい。
関西弁になってしまう要素は見当たらない。
奴が飼っていた犬の名前はチャベス。
Hはそんなにボクシング通ではない。

相当、前田太尊に憧れてたいたんだと思う。

そんな彼をオレはちょっとだけかっこいいと思ってた。

そんなろくでなしだった彼は今もたくましく生きてる。


追伸

さっき、彫金教室の生徒さんの息子さんから普通に「オジサン」って言われてちょっと凹み中。
甥っ子姪っ子にはオジサンとは呼ばせていないので、オジサンって言われる事に対してまだ免疫ができていない。。

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2008/07/23

バーバー。

今日は勝手にブログデー。がんばって2回目の更新。

カナダにいる時の話。

住んでたアパートの周りはあんまり治安のよくないとこだった。
カナダ人の友達もそう言ってたからやっぱり治安はよくないとこだったんだと思う。

そんなアパートの近くに黒人の方御用達の床屋さんがあった。
いつも待ちがでてる状態で結構賑わってた。
近所には他の床屋さんもあったけど暇そうにしてて、そこだけが流行ってた。

さぞかしいい床屋さんなんだろうといつかはそこでカットするぞと決めていた。
ある日、めずらしくお客さんがいなくて暇そうだったので、恐る恐る入ってみた。
床屋さんは、何?みたいな顔してこっちを見た。

オレ「HI、、カットしてほしいんだけど」
床屋「どんな髪型にするんだ?」
オレ「ファンキーな髪型にしてほしいんだけど…」
床屋「・・・」

オレ的には黒人さんテイストでイカした感じにして!というのが希望で、最悪、パイナップルみたいな髪型でもいいかなって思ってたんだけど、そんなニュアンスも通じず。。

で、「うちにはアジア人向けのヘアカタログはないよ」って手渡されたのが、黒人のお兄さんがいっぱい載ってるヘアカタログ。
っつうか、坊主カタログ。
微妙な長さの違う坊主だったり、モミアゲの形が違ったり、サイドにラインが入ってたりする髪型ズラリ。
完全坊主カタログ。

オレ「NO・・・」
イマイチ噛み合わない感じに床屋さんはイライラし始めて、とりあえずカットしていくからどのぐらいの長さにするか言え、と。

オレ「じゃあ、とりあえずサイドを短くしてくれ」

その床屋さんはハサミはまったく持たず、バリカンと櫛だけでカットを始めた。
長いところも櫛で長さを調節し、バリカンで刈るという感じで進めていく。
この時点で不安いっぱい。。。

案の定、、、うまくまとまる訳もなくどんどん短くなっていく。
段差とかすげーあるし。
きれいな段差ならいいけど、ガタガタ。
バリカンだけではやっぱり無理がある。
ハサミ使えって言いたかった。

結局、そのままカットしていってもらうも誠に遺憾な感じに。

最終的に吹っ切れて「もういいから坊主にしてくれ!」と。
そしたら、床屋「坊主にしたいのなら最初からそういえばもっと早くできたのに!!」とちょっと怒ってた。
ちがーう!お前のせいで坊主になっちまうんじゃねーか!と思いつつもグッとこらえて黙ってた。

生まれて初めての坊主。

勤務先のイラン人に、これから寒くなるっていうのにバカか?!って言われた。
ちなみに冬になると-30℃になるとこに住んでた。

あと、当時の彼女(←日本人ね)に見せたら、あまりの突然の変わり様にひいてた。。泣いてた気がする。。。

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シュークリーム。

十数年前、レッドウィングというブランドのワークブーツの黒色が大流行した。
赤茶色が定番だったんだけど、黒が新しく出て、それをちょっと前までの月曜日9時に総理大臣になってたお方とかが履いて大ブレーク。
靴屋さんに行ってもなかなか売ってないし、売ってたとしてもプレミアついてて超高かった。

そんな頃、、、ちょうどアメリカにいた。
友人のIと買い物へ行ったら、レッドウィング専門店を発見。さすがは本場アメリカ。
早速、そのお目当てのワークブーツを探すも赤茶色はあるけど、黒は見つからず。

「この靴の黒いのありますか?」と友人I。

「黒はないよ。でも、黒くする事はできるよ」と店員。

さすがは専門店。
「おぉっ、やったぜ!」友人は迷わず注文した。数日かかるとの事。

後日、ブーツを取りに行った。

「・・・ん?」

見た瞬間、言葉を失った。
赤茶色の革に上から思いっきり”靴墨”が塗りたくってあった。

専門店だし工場とかで加工してしっかり黒くなってるのを想像してたのに、目の前にあるのは目を覆いたくなるぐらいの代物。
お兄さんがそこのお店でただせっせと靴墨を塗っただけという仕上がり。

確かに黒くはなってるから文句を言える訳もなく。
文句を言う程の英語力も無く。。。
いりませんとも言えず。。。

仕方なくIはその後、そのブーツを履いてたのだが、履く時に手は黒くなるし、、、ジーパンの裾には靴墨の黒いのが付くし、、、ブーツをどこかに少しでもぶつければ、そのぶつけた箇所にも靴墨が着いちゃうといった始末。

店員さん、相当がんばって靴墨を塗ってくれたんだと思う。

お互いそのブーツの件については禁句みたいなとこがあって、後日その話は全くしなかったんだけど、Iがそのブーツ履くたびに黒くなってるジーパンの裾見て、悪いなとは思いつつ心の中ではちょっとだけ笑ってた。

それにしてもやっちまった感たっぷりの買い物だった。オレは買わなくてよかった。。


靴墨を英語で言うと、、シュー・クリームだそうな。

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2008/04/30

裏切り者。

中学に入って、英語というものを勉強し始めた。

be動詞? はっ?
三人称? 何それ?

ってなもんで中学2年生になっても文法がイマイチわからず、英語のテストはさっぱり。
どうしたもんかなぁと、とりあえず塾に通ってみた。

塾の先生は自分の分からないとこを親切に教えてくれた。
おかげで徐々に理解できていった。

で、こんなすばらしい塾ならばと親友のMを塾へ誘った。
その塾では”たまたま”生徒紹介キャンペーンなるものをやっていて、友達を紹介するといくらかの図書券がもらえた。

Mは無事入塾。
その頃オレは苦手が克服できたので、もういいやって辞めちゃった。

Mはオレがいるから入ったのに、オレはいない。。。
オレはしっかり図書券もらって辞めた。
悪いなとは思ってる。

奴は今でもその事を根に持ってる。

許せ!



そういえば、、、
中一の頃、同じクラスのA君は発音練習の時、「F」の発音で先生に下唇噛んでぇ!って言われてるのに、ふざけてる訳じゃないんだけどひとり一生懸命”上唇”噛んで「フーッ」って言ってた。
ひどい顔になってて笑いをこらえるのに必死だった。

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2008/04/14

5年前。

5年前の今頃、、、

カナダに別れを告げ、アメリカをバスで縦横断する旅してた。
グレイハウンドっていうアメリカ全土を走ってる長距離バスがあっるんだけど、そのバスの45日間のフリーパスを買って、自分でスケジュールを組みながらの旅。
バスで12時間とか普通だった。リクライニングシートとかある訳もなく。。。
その頃、普通に歩くのも結構しんどいぐらい腰痛がひどく、痛み止めを服用しながら乗ってた。
そこまでして行くの?と自問自答してた。。。

ちょうどイラク戦争の時で、アメリカもすげぇピリピリしてて入国のチェックも厳しかった。プロレスラーみたいな体つきのおじさんにいろいろ聞かれて一人旅だって言ったら「何で一人で旅なんかするんじゃ!」って怒られた…。別にいいじゃん。。。結局、泊めてもらう予定の友人の連絡先を教えたら許してくれた。超怖かった。

コースはニューヨークからスタートして、シカゴまで西へ向かいそこから転々としながらニューオーリンズまで南下し、そこからサンフランシスコまで北西の方向へ行くという旅だった。

行った都市は、、、ニューヨーク、ボストン、シカゴ、メンフィス、アトランタ、ニューオリンズ、フォートワース、ダラス、ラスベガス、ロス、サンフランシスコ。
あともう何ヶ所か行った気がする。

基本は貧乏旅行なので、泊まるところはユースホステル(安宿。知らない人と共同の部屋)やモーテルや友人宅。
食事はどのユースホステルにもキッチンがあるからスーパーで食材買ってきて自炊したり、愛するマクドナルドにも結構世話んなった。
降り立った地にユースホステルが無いときはバス停に安いモーテルの広告が貼ってあるから電話して予約してそこで宿泊。

まぁ、なんだ、行き当たりばったりの旅だった訳で。

でもって今日この日はグランドキャニオンにいた。
前日からグランドキャニオン近くの町に泊まってて、翌朝グランドキャニオン行きのバスを待ってると、、日本人に声かけられて、「僕、英語とか全然分からないのでお供させてください」と。
大学生ぐらいの年齢の奴だったと思う。
そいつはアメリカ横断した後、ヨーロッパも横断するって言ってた。
言葉分からないのに、ヨーロッパも行くなんて無謀じゃね?と思ったが、がんばれよ!と。
奴は無事帰ってこれたんだろうか?

グランドキャニオンは、、、
なんだかすんごかった。どんな風にすごいかは臭い言葉が並びそうなので省略。行ってください。

Gn1_2

モデル:オレ
撮影:上記の無謀な旅してたやつ

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2007/12/24

いつかのめりーくりすます

数年前のクリスマス、

仕事から帰る途中、友人Hから電話があり、
「ちょっと手伝って」 と。
予定も無かったからOKした。

子供たちにクリスマスプレゼントを渡すお手伝いだと言われ、オレはトナカイの着ぐるみを着させられた。
市販されてるトナカイの着ぐるみに手にはお手製の手袋、足にはお手製の靴下。
顔以外、全部覆われた。

で、Hの嫁さんの実家や友人宅を何件か周り、トナカイになったオレが子供たちにクリスマスプレゼントを渡す、と。

小学生くらいの子だと、
「なんでトナカイなの?サンタさんじゃないの?おかしくない?」
と無理な設定に疑問の声を上げるやつもいたが、
「サンタさんは忙しいから」などと言ってごまかす。

オレ見て怖がって泣いちゃう子もいた。オレが泣きたいわっ!

移動中とかトナカイ着て後部座席に座ってる自分に多少虚しさを覚えるも全体的には喜んでもらえたから、まぁ良しとするか。

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2007/11/05

エクストリームママ

教室の生徒さんが体調悪いから休むっていう事で時間が空いちゃったし、
夕方ぐらいから頭痛で集中できないし、、、
作業もちょうど切りがついたので、ブログでも。

・カナダでの話

26歳の頃、ワーキングホリデーでカナダに一年いた。
で、就いた仕事ってのが、”エクストリームピタ”っっていうピタ屋。
直訳すれば、”最高のピタ”。
名前に負けず、かなりの美味だった。

メニューにはチキンだのビーフだの書いてあってその中からまずメインのトッピングをまず選ぶ。
「GYRO」や「FALAFEL」なんて日本人には馴染みにないメニューもある。
右で調理してるのが「FALAFEL」↓

Pita1

コロッケみたいなものかな。

で、メインを調理してる間に野菜のコーナーでお客さんに
「レタスは?」「トマトは?」「たまねぎは?」などと聞きながら要望通りに野菜を詰めていく。
ちょっとヒゲ長いけどこんな感じに↓

Pita2

お客さんは
「レタス多めにね」
「トマトは抜きで他は全部」
「野菜はいらない」 など様々。

だから自分の好きなトッピングだけ詰めてオリジナルのピタが作れる。

海外のSUBWAYも同じスタイルで自分であれこれ野菜を選ぶスタイルなんだけど、日本では細かく聞いてくれない。
嫌いな野菜ありますか?ぐらいであとは店員さん任せ。
選ばせてよ!ってちょっと思う。
言えば多分応じてくれるんだろうけど、小心者なのでそんな事言えない。
「こいつうざい」とか思われるの嫌だし。
でも、SUBWAY大好きなの。
岐阜には無いから残念。
だから名古屋の栄に買い物行くと自分が買い物する場所からかなり遠いんだけど、時間はあるときは必ず行く。

ピタ屋の話に戻る。
店長は「MALI」というイラン人のママだった。
メインで働く店員はその娘と息子。カナダでイラン人に囲まれながらの仕事だったわけさ。
ランチタイムはパートさんがいて、カタール人、インド人と「ここはどこ?」っていう人種のお店だった。
唯一夜のパートにカナダ人学生がいた。
でもお母さんは日本人。だからハーフか…。
日本語は全く話せないし顔も全然日本人の面影ない。
ちなみに母親の名前は「くにこ」だって言ってた。
そいつの口から聞くとなんだか変な感じがした。

朝の仕込みから夕方までランチタイム以外はママと基本2人。
いろいろ語り合った。育ち盛りの息子についての相談なんかも受けたし。
普段は物静かな感じなんだけど、好きな曲が流れると軽くステップ踏んだりなんかしてかわいいおばちゃんだった。
いいやつだったなぁ。

でも、、、ママにはひとつ欠点があって、何かと「チッ」って舌打ちする癖があった。
なんかミスして

「ゴメンMALI、○○しちゃった」と言うと、
「チッ、いいよ気にしないで」 と。

最初の舌打ちのせいでいいよとか言われてもなんか凹む。
お客さんに対しても気に入らない事があると笑顔で軽く舌打ちしてた。
癖だから仕方ないとは思いつつも最後までこの舌打ちだけは慣れなかった。。。

いつか日本でピタを流行らせてやる!ほんとうまいの。
オレの愛するファーストフード店もピタ出してるけど、あんなの目じゃない。へへっ。

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2007/10/27

ホテル

久しぶりにレンタルCD屋へ行ってみた。
BOΦWYの新しいベスト盤が出てたので借りて聴いてみた。

中学生の頃、すごく好きですげぇ聴いてた。
そんなたくさんの音楽を知らなかったあの頃、同じのを何回も何回も聴いた。

10年以上聴いてなかったのに、久しぶりに聴いて、、、
改めていいじゃんって思った。なんだか新鮮。
初期の頃の曲がまたいい。
あの頃のドキドキしながら一生懸命音楽聴いてた感じってのは今は無くなってしまったなぁって思うとちょっと寂しい。

そんな一番熱かった頃、あのギターサウンドが大好きで、
自分の机に「HOTEI」などと彫ってた。

ある時、仲のよかったやつがいたずらで「HOTEI」って彫ってある所に横棒1本足して”I”を”L”にしやがった。

「HOTEL」。。。

非常にかわいそうな机になった。
一撃必殺KOされた気分。
センスのあるいたずらだと思いつつもかなり悔しい。
刻まれたのを消す事もできず結局最後までその「HOTEL」と刻まれた机を使ってた。
中学2年生の頃の悲しい思い出。

机に刻んで傷つけてしまった学校にごめんなさい、反省してます。
そしてその残念な机を後に使う事になってしまった人、ホントごめんなさい。

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2007/10/16

秋の空と…

朝晩冷え込んできていよいよ秋らしくなってきた。
そんな秋の夜風に当たってると2日に1回ぐらいすごく寂しい気分になる。
恋の季節だねぇ。

それはそうと地金がかなり高騰してる。
なんとかならんの???
金が1グラム¥3,000て! 勘弁してほしい。

うちは金・プラチナはオーダーしかやらないから在庫は持ってないからいいけど、
貴金属やってる宝石屋さんは泥棒さん怖いね。
とはいえ、もちろんうちも気をつけなきゃいけないからセキュリティーは万全の体制。

でも、、、戸締り苦手。
無意識に施錠すると、
帰りに車に乗り込んでから「あれっ?閉めたかな?」って不安になる。
それで何度も店まで戻った事がある。
実際に閉めてなかった事は一度もないんだけど。
だから指差し確認ぐらいの事して自分の脳裏に「閉めた」って事を認識させないとなんだか不安。
以前これを友達に話したら、それは「強迫観念」というものだと教えてくれた。

そんな俺、最初にやったバイトは新聞配達。
やっぱりバイトといえば新聞配達っしょ?という事で近所の新聞屋さんで雇ってもらった。

配達ルートを覚えたての頃は一生懸命に頭を働かせてるからいいんだけど、
慣れてくると何も考えなくても体が勝手に動くようになってくる。
朝4時半から仕事で当然眠いから頭も半分寝てる。
ぼーっとしながら配達をしてた。
さてどうなるか、、、、

「強迫観念」+「寝起き」=「ちっとも前に進まない」

1日に何回も「あれ?さっきあそこ配ったかな?」って戻って確認。

向いてないなって思った。。。半年で断念。

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2007/08/07

ペット?

最近、毎日夜になるとうちの店の建物の壁に現れるヤモリくん。
うちの店をしっかり守ってくれよ。
一匹かと思いきやそうでもない。何匹かいるみたい。

ちょうど、店の裏口に張り付いていたので写真撮ってみました。

Yamori1

そしてさらに近づいて

Yamori2

ガラス越しや遠めに見てる分にはペットみたくかわいいなと思いつつ、
店には絶対入ってくるなよ!と祈ってる。
入ってこようもんならビビリな僕はありえないぐらいの情けない声を出すと思う。

---ペットのお話---

その1

かなり前のとある朝、親父が
「ねずみの赤ちゃん捕まえたぞ」 と。

使ってない水槽の中にまだ生まれて間もないであろうピンク色の子ねずみが数匹入ってた。
冗談か本気か親父は飼おうとしてた。
結局、捕まえた時から弱り気味だったねずみ達は次の日にはみんな死んでた。

その2

自分がまだガキんちょだった頃、
うちの庭に傷ついたちっちゃいハトが一匹いた。
放っておくのもかわいそうなので、鳥かごを用意してうちで飼う事になった。

飼うなら名前を決めなきゃという事で
兄弟で名前の案をいくつか出し合い紙に書いて箱に入れ、
2枚ずつ取り出してどちらがいいか多数決を取り、勝ち残った名前の候補を残す。
勝ち残った候補を書いた紙をまた箱に入れ2枚ずつ取り出して多数決を取る。
そんなんを繰り返して、激戦を勝ち抜いた名前が、、、

「ぽっぽ」

なんて安易。。。(ちなみに私の案です)
とても数ある中から選ばれたとは思えないぐらい非常に安易な名前になってしまった。
ハトで「ぽっぽ」。ナイス★
今思うとちょっと笑えるけどなんだかかわいい。

そのぽっぽ、しばらくして怪我も治って元気になり、体も大きくなってきた。
やっぱり自然に帰してあげようという事で近所のグラウンドで放す事に。

「バイバイ」

ぽっぽは元気よく飛んでいった。

それから数日が経ち、、、

「あっ、ぽっぽ」

なんとぽっぽがうちの屋根の上にいた。
体の模様がぽっぽに間違いなかった。
やっぱり我が家がいいんだね。

しかし、記憶なんて曖昧なもの。
しかもハトの体の模様なんてホント微妙に違うだけで…
しばらくするとどれもがぽっぽに見えてきて、

「あっ、またぽっぽ」

もしかすると最初に戻ってきたと思ったハトもぽっぽじゃなかったかもしれないけど、
あれはぽっぽで、会いに来てくれたんだと思いたい。

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2007/08/01

写真

ホームページのトップページの写真を差し替えてみた。

特に意味のない写真ですが、
僕がまだかっこよかった高校生の頃、地元の友達と撮った写真です。

深夜の近所の駅。
怪しい高校生が線路の真ん中に三脚立ててカメラのタイマーセットして
急いで自分のポジションについてカッコつけて写真撮影。

いろんなパターンで写真撮ったので前見てる写真もあるけど、
公共の皆様にさらせるような面ではないし、
勝手に使うと友達にモデル代取られそうなので後ろ向きに撮った写真を使用。
ちなみに右端に少しだけ写ってるのが僕。

画像はフォトショップで多少明るさの調整をした程度。
もともとセピア色で撮った写真で色は変えずにそのまま使用。
高校生が撮った写真にしては上出来ではないかと自画自賛。。。
今は携帯のカメラやデジカメで失敗はすぐ確認できるけど、
僕らが高校生の頃はフィルムカメラしかなかったので撮ったら現像屋さんへ出す。
手間もお金もかかるけど、出来てくるまでどんなんが撮れてるかわからない感じがよかったりもする。

高校生の頃からカメラ好きだった。
とはいえ、コンパクトカメラで撮ってただけだけど。
風景とかは一人旅してる時に撮るぐらいであまり撮らない。基本友達ばっか。
イベントあるごとにカメラを持っていき、パシャパシャ。
自然な写真が撮りたいので相手に黙ってシャッターを押すこともしばしば。
そんなこんなで家にはかなりの数の写真がある。
友達のいけない写真(←昔の彼女が写ってたり)もいろいろと隠し持ってる。

数ある写真の中からいい写真を選んで友達が結婚するときにアルバムを作って渡すようにしてる。もちろんいけない写真を除いてチョイス。
昔の写真なんてみんなろくなの持ってないから、
こんなんだったんだぁと嫁さんも喜んでくれる。
このブログで紹介したH君にも結婚したときにアルバムを作ってあげた。
H君は今は坊主だけど、キムタクに憧れてロン毛にしてた時代の写真をしっかり入れておいた。
 ↓
嫁の一言 「気持ち悪い」
喜んでくれてよかった。

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