思い出とか

2011/09/05

大切なモノ。

少し前に落としたブレスが見つかった。
探しても探しても見つからずあきらめてたんだけど、何気ない所で発見。

そのブレス、21の頃からしてるやつで元々はネックレス。

今までかなりの人に自分で作ったもの?って聞かれたけど、作ったのはメキシコ人。
最初に勤めた所で売ってたものでそこで初めて買ったもの。
ホピチェーンと言われる形状のもので、よく売られてるチェーン(←機械で作られたもの)と違いハンドメイドで作られてる。

勤め出した頃にオーナーやスタッフみんなで買ってお揃いで着けてた。
しばらくしてみんなは着けなくなったけど、オレだけ気に入ってずっとしてた。

しばらくはネックレスとして着けてたんだけど…。

そのお店には名古屋場所の時期になると付き人と一緒に来店してくれるお相撲さんがいてね。
(その頃は相撲好きだった事もあってテンション上がったなー)
毎回いろいろ買っていってくれたんだけど、そのホピチェーンを買ってくれた事があって。
さすがはお相撲さん、首が太く通常の長さでは足りなくて、もう1本を繋げて1.5本分の長さに加工。
残った半分のチェーンは使わないし使えないって事で貰って自分のチェーンに繋げてブレスとしてするようになって。

それからずっとずっとずーっと変わらず着けてて、切れては自分で直しての繰り返し。
チェーンの形が変形しちゃってるところも多数あるけど、そこは味としてあえて直さず。
そして着け始めてから早十数年。

こんな仕事しておきながら、普段アクセサリーじゃらじゃら着けたりはしてない。
ただ、このチェーンはずっと変わらず、着けてる。
なんつーか、働き始めた頃の気持ちだったり、これまでの思い出だったり、、そういうもんがたくさん詰まってる。
全然高いものではないけど、スゲー大切なものなのよね。

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誰かが自分が作ったものでそんな風になっていってくれたら幸せです。

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2011/06/26

マイゴールデンタイム。

僕は人生最大のモテ期は小学生の頃でした。

小学生の頃はドッジボール上手というだけでモテた。
とてもいい時代だ。

ドッジボール大会ではキャプテンでした。
運動会では応援団長もやらせていただきました。

遺憾なくモテ男君パワーを発揮してた、、、

はずでした。。。

先日、小学校の後輩と話す機会がありました。

もちろんその当時の話に花が咲きました。
どうやらその子は僕の親友の事が好きだったみたいで…。

僕の存在は、、、、、、、、かろうじて「あひるさん」と呼んでたと覚えててくれました。
ただそれだけでした。それ以上の情報は皆無でした。

どうやらモテてたというのは僕の勘違いだったみたいです。

これからもくじけず頑張って生きていきたいと思います。
言うのは勝手なのでこれからも小学生の頃はモテてたと言い続けていこうと思います。

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2011/06/06

ふと。

高校の頃、、、

イジリ君(本名)という子がいて、その子の隣が岡田君の席だった事があった。

先日、深夜番組観ててそんな事を思い出した。

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2010/12/02

ギャンブラー。

ギャンブルとかまったくやらない。

やった事はある。ひと通り。
でも勝てないのでやらない。

昔、アメリカを貧乏旅行してた時、途中ラスベガスにも行った。
初日はいろんなホテルのアトラクションとか見て楽しんでたんだけど、2日目からやる事もなく結局カジノへ行きスロットやったりテーブルゲームに参加したり。

向こうのスロットはリアルに現金を投入して勝つと現金が出てくるのでテンション上がっちゃってね。
所持金をどんどん投入。

隣ではおばちゃんとかが大当たりして大騒ぎしてたりなんかするもんだから、オレも来るはずだ!なんて思っちゃって止まらなくなりドルを使い果たし、持ってた日本円まで換金。
この時点でかなり金銭感覚が麻痺。
ギャンブルやっちゃいけない典型的なタイプだなと実感。

5日ぐらい滞在しようと思ってたけど、
このままいたらホントにやばいと思い、3日でラスベガスを後にした。
途中で自分のダメさ加減に気付けてよかった。

折角、食費を削って削って旅費を抑えた旅だったのに…。
ラスベガスでギャンブルに使ったお金があればもう少しいいもん食えたな、と。

でもまぁ、これも人生経験。ラスベガスにもなかなかいけないしね。

ギャンブルはやらないけど、一攫千金、宝くじは大好き。

という事で、今年も年末ジャンボいくよ!

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2010/07/15

4。

そういえば、今日でちょうど4周年です。

すっかり忘れてて、友人からお祝いの花が届いて気付いた。

早いね。

オープンの時。
業者さんには頼まず、友人を集めての店作り。
期間は1ヶ月。
オレも含め、みんな普通に仕事してたから土日のみ集合しての作業。

あーでもないこーでもないと相談しながら、
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大工の友人がカウンターなんかを作り、
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クロス貼り職人の友人が壁紙を貼り、
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手に職のない友人がエアコン綺麗にしてくれたり、
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別の手に職の無い友人が大工の手伝いしてみたり、
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ペンキ塗ってくれたり、
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相当無謀で甘い計画だったけど、みんなの頑張りによってなんとか間に合った。
昼間はみんなでワイワイ作業して、夜は酒飲んで。
楽しかったなー。

まだまだ頑張るよ。

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2010/04/13

研磨。

初めて自分で石の研磨をした。

石はアメシスト。

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まあまあの出来かな。

かなり前の事。
師匠とタイへ行った時、泊まってたホテルにいたタイ人タクシードライバーに声をかけられ、話をしてたら、そいつの家族が石の研磨工場をやっているから見に来るか?と言われた。

さっき会ったばっかのやつだし信用していいのか分からなかったけど、師匠は2人で行けば大丈夫っしょ!って事で「行く」って返事した。

そいつが仕事終わる夜9時ぐらいにホテルのロビーで待ち合わせをして、そいつのタクシーに乗せられ出発。

タイ人は繁華街から遠ざかるようにタクシーをどんどん走らせた。

何かやばくねーか?という雰囲気もありつつ、途中で降りる訳にもいかないので少々ドキドキしながらタクシーに乗ってた。

「着いたよ」ってタクシーを止めたところは行き止まり。
そこには悪そうなやつら5人ぐらいが待ち構えてた。仲間か?

やっぱりはめられたのか…?

終わったかも?って思いながらタクシーから降りるとタクシードライバーは待ち構えたやつらを気にする事なく奥へ。近所の悪ガキ風なやつらがたむろしてただけだった。

タクシードライバーの後について沼みたいなとこを歩いていくと建物があり、明かりが点いてて石の研磨をしてる小さな工場へ辿りついた。

話は本当だった。助かったぁ。。。

それから石の研磨をしてるところを見学させてもらった。
原始的なやり方で石を研磨しててちょっとびっくり。
勉強になった。

でも、、、見学できた事より、生きて帰ってこれた事が一番嬉しかった。

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2009/07/27

目標。

ガシャンって物音がしたので振り向くと高校生ぐらいの男の子が自転車でこけてた。

そしたら、その男の子、

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って外国人ばりのリアクションの後、普通にまた自転車乗って去っていった。
オレに見られちゃったからとっさに出たリアクションなのか???

こういう風に一人でいる時に恥ずかしいハプニングに遭ってしまった時っつうのはホント困る。

恥ずかしさと
何事も無かった事にはできないもどかしさと
後戻りもできない悔しさと
早くこの状況から立ち去りたいという切なる思いとか、、、
いろんな気持ちが入り混じった状態ではなかなかいいリアクションが取れない。

昔、自転車で横断歩道を渡ろうとしてたら、半分ぐらい過ぎたところでチェーンが外れた。
もちろん、すぐ横には信号待ちをしてる車が。うー、恥ずかしい。。。

そこでオレはとっさに思いついた。思いついちゃった。
今出てるスピードを利用して何事もなかったかのようにもう少し先まで行ってそこで対処すればいいな、と。。。
で、そのまま自転車をこいでみた。今風に言えばエア自転車。
もちろんチェーンが外れてるからペダルはすごく軽いんだけど、普通に漕ぐスピードぐらいでいかにも負荷がかかってますぐらいな感じでペダルを回しながら前進。
結局、渡り終えたすぐぐらいで自転車は止まってしまって、そこでチェーンをはめた。
きっと一部始終を見られたと思う。
今の演技はちょっと無理があったな、きっとドライバーにはバレたな、余計かっこ悪い感じになってしまったな、と後悔。
こんな状況でもうまく切り返すだけの自分にユーモアのセンスがあればよかったのに。。。

友達とかと一緒であれば笑って済む話も、他人とではそうもいかない。
他人でも笑ってくれれば、頭ポリポリして(しねーな。。。)やっちゃったって顔して笑っちゃえばいいけど、ちゃんと見たはずなのに無表情だったりする。
そしたら申し訳なさそうに静かに立ち去るしかないじゃん?

こういう危機的状況でとっさにうまくリアクションが取れない事をたまに悩む。
自分は普段相当暗い人間なので、とっさの出来事には暗い感じで処理する事が多い。
ので、、、その場に居合わせたみんなが幸せになれるようなリアクションが取れる人間になりたい!

とか思いながら生きてます。

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2009/06/09

69の日に69じゃない話。

6月9日。ロックの日らしい。

ロックに憧れてた高校時代。
自分が行ってた高校は大学へ進学するやつが多かったけれど、オレは大学受験は全く考えていなかった。

大学生なんて合コンだなんだってチャラチャラしてるだけじゃねーか、と。
そんなつまんねー事で時間は無駄にできねーっ!と。。。

んでもって楽器も全然上手くないしカリスマ性もありゃしないのに頭の片隅にもしかすると将来ロック歌手とかになってデビューするかもしれない、もしそうなった時ロック歌手が大卒とかあまりよろしくないなと思って大学はちょっとなー、と。
まぁ、実際はそれだけじゃないけど、ロックな理由も結構ありきの大学受験回避。

今となれば、大学行ってもよかったな、と。
サークルとか超楽しそーじゃん?

そしてその頃は、、、ロックなやつは短命だ!
人生突っ走る事ができたら、30歳で死んでもいいと思ってた。

死んでもいいと思ってた30歳を過ぎ、まだまだ長生きしてーなと思う。
今まで結構走ってきたきたつもりだけど、まだまだやりたい事いっぱい。
健康を気にして、そろそろ人間ドックにも行ったほうがいいかなーとか思っちゃってる。

いろいろ勘違いしてたロックじゃない人の10代の頃の思い出。

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2009/04/15

継承。

シカゴに行ったときの事。

毎日ジャズバーやブルースバーに行っては酒飲みながら生演奏聴いてた。

シカゴ在住の友人にお気に入りところあるっつって連れていってもらったジャズバー。
渋いおじさん達のバンドが演奏してた。
しばらくすると、10代後半ぐらいの子達といくつかのパートが交代になった。
その後も何度か若者とおじさん達の交代が成された。
若者の演奏はおじさん達ベテランの演奏に比べたら劣っているのは明らかなんだけど、お客さんは緊張しながらも一生懸命演奏するその若者を温かく見守ってた。
演奏が終わるとその若者達もお客さんも笑顔だった。

実際にお客さんの前に立たせ、ジャズというものを大人が子供達に少しずつ教えていってるんだな、と。
若者に前座をやらせる訳ではなく、一緒に演奏させる。
若者にしたらこれ以上ない勉強だもんね。

こうやってシカゴジャズというものは受け継がれてきたのかなー。
廃れる事はないね、シカゴジャズ。

なんだか素敵な光景だった。

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2009/03/03

卒業。

卒業式のシーズンだねぇ。。
別れの時でもあり、成長を噛みしめる時でもある。
んでもって、卒業を迎えるにあたっていろんな恋心が揺れ動いてたりもしてるんだろうねー。

ふと思った。。
オレ、イベント事に弱い。気がする。。。

卒業式。
学校を後にするモテモテ君たちの学ランには第2ボタンはもちろん、上から下まで全部のボタンがない。
袖のボタンまでないやつもいた。

オレは上から下まで、、、しっかりと残ってる。
こんなはずじゃない、きっと誰かはもらいに来るはず!と無意味に学校ウロウロして無駄な抵抗を試みるも、、、誰も来ず。。。

モテモテ君たちがすげー大きく見えた。

そんなこんなは中学でも高校でも。

なので、人生一度もボタンあげた事ない。自信無くすわー。。。

体育祭。
オレが通ってた高校は男女共学で体育祭の後には女子が好きな男子にハチマキをもらいに行くと習慣があったのだが、、、
オレのところには誰ももらいに来やしない。
応援団とかやってたのにー。
応援団やると間違いなくモテるという事だったのに。
まぁその為にやった訳でもないけど、そんな事も少しは加味しつつの入団だったのに。。
応援団同士で恋が芽生えたりもしてる奴もいたなー。
おいおい、君達そんな事になってたのか?いつの間に?聞いてないよ!みたく。。。

オレの周りは中学も高校もモテるやつ多かったなー。

義理でもいいからもらいに来てくれるような優しい女神もいなかった。
世の中捨てたもんじゃねーとか言うけど、そうでもねぇーぞ!と思った10代の頃の苦い思ひ出。

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